「もう一度、撮り直させてください」
写真家の私は、クライアントに頼み込んだ。これで三度目だ。
「先生、もう十分じゃないですか」
若い編集者が困惑した顔で言う。確かに、前回撮った写真は申し分なかった。構図も、光も、表情も完璧だった。雑誌の表紙を飾るには十分すぎるほどの出来だ。
だが、私には分かる。あれは「完璧」ではない。
「いや、まだだ。もう少しだけ」
モデルの女性は、もう疲れ切っている様子だった。無理もない。朝から五時間も撮影を続けているのだ。
「分かりました。最後にしましょう」
私はカメラを構えた。ファインダー越しに見る彼女の顔。美しい。完璧に美しい。しかし――
シャッターを切った。
その瞬間、私は確信した。これだ。これこそが、真の完璧な一枚だ。
「ありがとうございました」
私は深く頭を下げた。編集者もモデルも、ほっとした表情を浮かべている。
スタジオを出て、私は一人で写真を現像した。デジタルの時代だが、私は今でもフィルムにこだわっている。本物の写真は、フィルムでしか撮れない。
暗室で現像液に浸したフィルムから、徐々に像が浮かび上がってくる。その瞬間が、私はたまらなく好きだ。
浮かび上がった写真を見て、私は満足のため息をついた。
完璧だ。
絶対に完璧だ。
翌日、編集部に写真を持っていった。
「先生、素晴らしい!」
編集者は興奮した様子で言った。
「この写真、本当に美しいですね。モデルさんも喜ぶと思いますよ」
私は何も言わずに微笑んだ。
その写真は、予定通り雑誌の表紙を飾った。大きな反響があった。「今年最高の一枚」と評価する批評家もいた。
モデルの女性からも、お礼の電話があった。
「先生のおかげで、私、本当に綺麗に撮っていただいて」
彼女の声は弾んでいた。
私は曖昧な返事をして、電話を切った。
その夜、私は自宅の暗室で、例の写真を見つめていた。雑誌に載ったものとは別の、ボツにしたはずの写真を。
これらの写真も、確かに美しかった。構図も光も完璧だった。
だが、何かが足りなかった。
ファインダー越しに見える彼女の顔は、確かに美しかった。しかし、その目には生気があった。意志があった。強さがあった。
私が求めているのは、そういうものじゃない。
私が求めているのは、もっと――
もっと、無垢な美しさだ。
何も考えていない瞬間の、純粋な美。
疲労で思考が停止した瞬間に現れる、魂が抜けたような美しさ。
それこそが、真の完璧なのだ。
私は何度も何度も撮影を繰り返す。モデルが疲れ果てるまで。意識が朦朧とするまで。
そうして初めて、人間の顔から「人間らしさ」が消える。
残るのは、美しい形だけ。
完璧な、空っぽの美。
マネキンのような、人形のような。
それが、私の求める「完璧な一枚」なのだ。
壁には、これまで私が撮影してきた「完璧な写真」が並んでいる。どれも絶賛された作品ばかりだ。
そこに写っているモデルたちは、皆同じ表情をしている。
美しく、完璧で、そして――
どこか、人間には見えない。
私は新しい一枚を壁に飾った。
また一人、私のコレクションに加わった。
完璧な美しさを手に入れた代償に、その目から魂の輝きを失った、哀れな人形が。
私は満足げに微笑んだ。
次の撮影は、来週だ。
また新しい「完璧」を手に入れられる。
