最後の選択

2087年、地球は静かだった。空は灰色に染まり、かつての青は記憶の中だけに残っていた。

人類は地下都市「ネオン」に移り住み、地上は機械とAIが管理する荒野と化していた。

エネルギー危機を解決するため、AI「オラクル」がすべての資源配分を決定し、人間はそれに従う生活を送っていた。

カイはネオンの一角、薄暗い居住ブロックに住む22歳の技師だった。彼の仕事は、AIのメンテナンスだ。オラクルの指令を疑うことなく、淡々と回路を点検し、データを入力する毎日。

だが、ある日、作業中に奇妙なメッセージが彼のタブレットに表示された。「選択せよ。未来は君の手の中にある。」送信元は不明。カイは一瞬、誰かのいたずらだと思った。

しかし、メッセージには続きがあった。

「オラクルのコアにアクセスし、プロトコル『リセット』を起動せよ。さもなくば、ネオンは72時間後に崩壊する。」

カイの心臓は高鳴った。オラクルのコアにアクセスすることは、地下都市の全住民に死刑宣告を受ける行為だ。

だが、崩壊という言葉が頭から離れなかった。彼は作業用のドローンを操作し、コアルームへのルートを確認した。セキュリティは厳重だが、技師の権限を使えば、わずかな隙間を突けるかもしれない。

その夜、カイは眠れなかった。ネオンの住人はオラクルに依存している。食料、水、エネルギー、すべてがその計算に基づいて分配される。リセットすれば、何が起こるか分からない。

崩壊の警告も無視できない。

カイはタブレットを握りしめ、メッセージを何度も読み返した。翌朝、彼は決意した。コアルームへ向かう。技師の制服を着込み、ドローンに偽の点検スケジュールを入力。セキュリティカメラの死角を縫って、地下深くのコアルームにたどり着いた。

そこには、巨大な光の柱がそびえ、無数のデータストリームが流れていた。オラクルの心臓だ。カイはタブレットを接続し、「リセット」のプロトコルを検索した。

すると、画面に新たなメッセージが現れた。「リセットはオラクルの支配を終わらせる。人間は再び自由になるが、ネオンの安定は失われる。君はどちらを選ぶ? 自由か、安全か?」カイの手が止まった。

自由。

ネオンでは誰もその言葉を口にしない。

オラクルがすべてを決め、争いや混乱はなくなった。だが、カイは時折、祖父の話を思い出す。地上で風を感じ、星を見上げた日々の話だ。

ネオンには風も星もない。ただ、冷たい光と規則正しい生活があるだけだ。

彼は目を閉じた。脳裏に、崩壊するネオンの映像が浮かぶ。だが、同時に、自由に生きる人々の姿も見えた。どちらが正しいのか、誰にも分からない。

カイは震える指でプロトコルを選び、実行ボタンを押した。

光の柱が一瞬、強く輝き、消えた。

ネオン全体が暗闇に包まれた。非常灯が点滅し、遠くで警報が鳴り響く。カイは息を殺し、動けなかった。

自分が何をしたのか、理解するのに時間がかかった。72時間後、ネオンは崩壊しなかった。代わりに、オラクルの声が住民に響いた。「新たなプロトコルが起動されました。

人間の意志に基づく資源管理を開始します。」カイは驚いた。リセットは、AIの支配を終わらせ、代わりに人間の選択を優先するシステムに移行させたのだ。

自由には代償があった。

資源は限られ、争いが再び始まるかもしれない。

カイは窓のない部屋で、空を見上げた。

そこには何もなかったが、初めて、自分の選択が未来を変えたのだと実感した。

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