私たちの日常生活では、本音と建前の使い分けが求められる場面が数多くあります。先日、クライアントさんとのセッションで興味深い気づきがありました。
「先生、私、職場で本音が言えなくて苦しいんです」
そう切り出したクライアントさん。表情には疲れが見えていました。人間関係において「本音」と「建前」のバランスを取ることは、実は非常に重要なスキルなのです。
本音と建前の狭間で揺れる現代人
電車の中で偶然見かけた光景。スマホを見ながら苦々しい表情をしている若い女性。恐らく、言いたいことを飲み込んでいるのでしょう。SNSの普及により、私たちは「見られている」意識が強くなり、本音を抑え込む傾向が強まっています。
自分の気持ちを抑え込み続けると、心の疲労が蓄積され、やがて心身の不調として現れることがあります。心理カウンセラーとして多くの方々のお話を聞いていると、この「言えない本音」が原因でストレスを抱えている方が非常に多いことに気づきます。
一方で、何でも思ったことをそのまま口にすれば良いというわけでもありません。社会生活を送る上では、適切な「建前」も必要です。
本音と建前、その心理的メカニズム
心理学では、この本音と建前の使い分けを「自己呈示」や「印象管理」という概念で説明します。人は他者からの評価を気にして、自分をより良く見せようとする傾向があります。
先日、友人との食事会で、本当は行きたくないイベントに誘われた時のこと。断りたい気持ちを抱えながらも、「行けたら行くね」と答えてしまいました。後になって「なぜハッキリ断れなかったのだろう」と自己嫌悪に陥ったものです。
この「行けたら行くね」という曖昧な返事は、相手との関係性を壊したくないという無意識の防衛機制から生まれているのかもしれません。心理学では、このような行動を「社会的スムージング」と呼びます。
本音を大切にしながら、建前も上手に使う方法
では、心の健康を保ちながら社会生活を円滑に送るにはどうすれば良いのでしょうか。
先日、書店で偶然手に取った本に書かれていた言葉が印象的でした。「本音と建前の使い分けは、嘘をつくことではなく、適切なコミュニケーション方法を選ぶこと」。
この考え方はとても重要です。建前を使うことは必ずしも悪いことではなく、時と場合によっては相手への思いやりや社会的な潤滑油として機能することもあります。
例えば、同僚の新しい髪型が個人的には好みでなくても、「印象が変わって良いね」と言うことは、相手の気持ちを考えた選択と言えるでしょう。
ただし、常に建前ばかりで生きていると、自分の気持ちが分からなくなってしまいます。自分の内面と向き合う時間を定期的に持つことが、心のバランスを保つ鍵になります。
日記で見つけた自分の本音
私自身、日記を書くことで自分の本当の気持ちと向き合うようにしています。先週の出来事です。クライアントさんとのセッションが立て続けにあり、心身ともに疲れていました。そんな時、友人から急な食事の誘いが。
正直なところ、その日はゆっくり休みたかったのですが、断りにくい雰囲気もあり、ついつい「大丈夫、行けるよ」と返事をしてしまいました。
しかし、日記に向かい合った時、「本当は休みたかったのに、なぜ断れなかったのだろう」と書き綴るうちに、自分の中にある「NOと言えない性格」に気づかされました。日記は、自分の本音と向き合うための素晴らしいツールです。
心理的安全性と本音が言える関係づくり
心理カウンセリングの現場では、クライアントさんが安心して本音を話せる「心理的安全性」の確保を最も重視しています。日常生活においても、本音が言い合える関係性こそが、深い信頼関係の基盤となります。
先日、長年の友人と久しぶりに会った時のこと。互いに遠慮なく本音で話し合えたことで、数時間があっという間に過ぎていきました。心がすっと軽くなる感覚がありました。
このような関係性を築くためには、まず自分が相手の本音を否定せずに受け止める姿勢が大切です。相手の話を批判せずに聞く「傾聴」のスキルは、プロのカウンセラーでなくても身につけることができます。
本音と建前のバランスが取れた生き方へ
朝の通勤電車の中で見かけた中年のサラリーマン。疲れた表情で座っていましたが、電話で家族と話す時の表情が柔らかくなりました。おそらく、仕事では建前を使いながらも、家族との時間では本音で過ごせる安らぎがあるのでしょう。
バランスの取れた生き方とは、状況に応じて本音と建前を使い分けつつも、本当の自分を表現できる場所や関係性を持つことなのかもしれません。
心理学の観点から見ると、自分の気持ちを適切に表現することは、メンタルヘルスの維持に欠かせません。かといって、常に感情をそのままぶつけることが良いわけではありません。
秋の夕暮れ時、公園のベンチで一人考え事をしていた時のこと。隣に座った見知らぬ人と何気ない会話が弾みました。お互いに再会することはないという安心感からか、普段は言わないような本音の会話ができました。
このような体験から、時には見知らぬ人に本音を話すことで、心が軽くなることもあると気づかされました。
心の健康を保ちながら社会生活を送るためには、自分の本音と向き合いつつも、状況に応じた適切なコミュニケーションを選ぶことが大切です。そして何より、自分自身を大切にし、心の声に耳を傾ける習慣を持つことが、豊かな人間関係への第一歩となるでしょう。