蛍光灯が切れた瞬間、父の30年間の嘘が明らかになった

父の書斎の蛍光灯が、パチパチと音を立てながら点滅していた。

「また切れそうだな」と父は天井を見上げて呟いた。この蛍光灯は、私が小学生の頃から父の仕事を照らし続けてきた。もう20年以上使っているはずだ。

父は定年を迎えた66歳のサラリーマンだった。毎晩この書斎にこもり、何かの書類仕事をしている姿を私はずっと見てきた。「会社の残務整理だ」といつも説明していた。

その夜、私は久しぶりに実家に泊まることにした。転職活動に疲れて、少し息抜きをしたかったのだ。

深夜2時頃、書斎から「パン」という音がした。蛍光灯が切れる音だった。続いて、父の「あぁ…」という深い溜息が聞こえた。

私は心配になって書斎のドアをノックした。「お父さん、大丈夫?」。

「ああ、蛍光灯が切れちゃってね。明日買いに行くよ」と父が答えた。しかし声に元気がなかった。

翌朝、私は父と一緒にホームセンターに蛍光灯を買いに行った。車の中で父は珍しく饒舌だった。「あの蛍光灯には思い出がたくさんあるんだ」と言った。

「どんな思い出?」と聞くと、父は少し躊躇してから話し始めた。

「実は、お前が中学生の時から、俺は夜中に小説を書いていたんだ」。

私は驚いた。父が小説を書いているなんて、一度も聞いたことがなかった。

「会社の残務整理って言ってたじゃない」と私が言うと、父は苦笑いした。「嘘だった。家族に心配をかけたくなかったんだ」。

父の話によると、40代の頃から創作活動を始めていたという。毎晩2時間、蛍光灯の下で原稿用紙に向かっていた。出版社に投稿も続けていたが、一度も採用されることはなかった。

「なぜ隠してたの?」と私が聞くと、父は遠くを見つめながら答えた。「夢を追いかける父親なんて、格好悪いと思われるかもしれないと考えてね」。

帰宅後、父は新しい蛍光灯を取り付けた。明るい光が書斎を照らすと、机の上に積まれた原稿の山が見えた。私は初めて、父の本当の姿を知った。

「読ませてもらってもいい?」と私が頼むと、父は照れくさそうに「つまらないものだけど」と言って一冊のファイルを手渡してくれた。

その夜、私は父の小説を読み始めた。主人公は平凡なサラリーマンで、家族のために働きながらも心の中で自分の夢を諦めきれずにいる男性だった。文章は決して上手とは言えなかったが、そこには父の人生への真摯な思いが込められていた。

読み進めるうちに、主人公の息子が登場した。反抗期で父親との関係がうまくいかない中学生の設定だった。私は気づいた。これは私のことを書いた小説だったのだ。

物語の中で父は、息子に対する愛情と、夢を追いかけることへの後ろめたさの間で揺れ動いていた。家族を支える責任と、自分の人生を生きたいという願望の間で苦悩する父親の姿が描かれていた。

私は涙が止まらなくなった。父がこんなにも私のことを思い、自分自身とも戦っていたなんて知らなかった。

翌朝、父に感想を伝えた。「すごく良い小説だった。特に父親の心情描写が素晴らしい」。

父は嬉しそうに微笑んだ。「本当か?お世辞じゃないか?」。

「本当だよ。なぜもっと早く教えてくれなかったの?」と私が言うと、父は少し悲しそうな表情になった。

「お前が小さい頃は、父親は強くあるべきだと思っていた。夢を追いかけて挫折を繰り返す姿なんて、見せたくなかったんだ」。

その時、私は父に対する見方が完全に変わった。今まで無口で仕事一筋だと思っていた父が、実は繊細で情熱的な人間だったのだ。

「これからも書き続けるの?」と聞くと、父は新しい蛍光灯を見上げながら答えた。「ああ、まだまだ書きたいことがたくさんある」。

それから私は、毎月実家を訪れるようになった。父の新作を読むのが楽しみになったのだ。父も私が来るのを心待ちにしているようだった。

半年後、父の小説が地域の文学賞で佳作に入選した。表彰式には家族全員で参加した。壇上で照れながら挨拶する父を見て、私は心から誇らしく思った。

蛍光灯が切れたあの夜がなかったら、私は父の本当の姿を知ることはなかっただろう。父の30年間の隠された情熱と、家族への深い愛情を知ることもなかったはずだ。

今、父の書斎には新しい蛍光灯が明々と灯っている。その光の下で、父は今夜も原稿用紙に向かっている。私はそんな父を心から尊敬している。

人生に遅すぎることなどない。父が教えてくれた大切なことの一つだった。

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